何か重い物が落ちる音に、少女はきょとりと振り向いた。
小さな段ボール箱が床に転がり、其れを少年が見下ろしている。
「もう、要らないから。欲しいのあったら、君にあげるよ」
何処か突き離したようなその言葉に、少女は改めて少年を見た。
冷めた瞳は、言葉の通り、もう目の前の物質に何の興味もないのだろう。
少女が近付き、箱を開ける。 開けると、本が詰まっていた。
「棄てるの?」
「要らないならね。もう全部覚えて……飽きたし」
一瞥しただけで内容を記憶してしまうほど、頭の良い少年であることは分かっていた。
それ故か、少女は其れ以上を聞く事もなく、本を取り出し検分する。
少年の趣味の、綺麗な装丁の其れら。 読めない言葉の物もあれば、少女もよく知る絵本もある。
やがて、箱が空になった。
「じゃあ、これだけ」
自分が広げた本の中から迷わず一冊選び出し、少女は少年に差し出す。
「これだけ、持ってて」
少年は、眉を顰めた。
要らないって、言ってる。 そう、もう一度繰り返しても、少女は伸ばした手を引かない。
何度言葉で、態度で訴えても、まるで柳に風。
少女はにこにこと、笑うだけだ。
「んー………じゃあ、教えて?」
空気に感情を映したやり取りを始めて暫し。 また不意に少女が口を開く。
「ボクとキミにとっての、“ほんとうのさいわい”」
「………」
言葉を詰まらせた少年。
済んだ少女の瞳を、真っ直ぐに見つめて、
少女の手から、絵本を取った。
「……取っとく」
抑揚も付けずに、只一言少女に返し、部屋へ戻るため踵を返す。
階段を二、三段上った所で、背に、少女の声を聞いた。
「ありがとう、“カムパネルラ”」
振り向いて見た彼女の顔は、変わらない透明な笑顔。
真意を図ろうとするように、少年は少女を覗き込む。
水面か、硝子を見ている感覚。
その先のものは何処か歪んで、真っ直ぐに指を伸ばしても掴むことなど出来はしない。
「……でも、」
諦めたように、少年は言う。
「僕はザネリなんかのために、死ぬわけじゃないよ」
「うん」
少女は頷いた。
「ボクはキミがザネリのために死ぬために、キミにお礼を言いはしないよ」
「………」
不可解そうに目を細め、
しかし、直後。 漸く柔らかく、少年の表情が緩んだ。
少女に近寄り、その頭に片手を乗せる。
「僕は、君の」
噛み締めるように、彼は答えた。
「君の“ほんとうのさいわい”を、見つける為に生きるよ」
「じゃあ、」
不思議そうに、少女は首を傾げて返す。
「キミの、“ほんとうのさいわい”は?」
少年は微笑み、躊躇うことなく口にした。
其れが当然と言わんばかりに、滑らかに、言葉を紡ぐ。
「君の為に、生きて、死ぬこと。……お休み」
手を離し、部屋へ引き返す少年は、もう、足を止めなかった。
がらんどうの部屋に只、幼い少女の声が響く。
「おやすみなさい。ありがとう―――“ジョバンニ”」
+ + + +
なんて事は無い、ただの落書きです。
お題か何かを引っ張ってきて、シリーズにしたら楽しそうですが。
これ書きながらENGAGE FRIENDS思い出してました。
E-F系だよなぁ…。舞台設定まったく違うけれども、これはこれでE-Fとして書ける関係性だと思います。
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